「ふと、」頭をかすめた職場のモヤモヤを、
あなたの知らない扉をそっと押し開けて、
すっきり解消させるブログです。
今夜の話題は…
夜行フェリー(ferry)へのご乗船、
ありがとうございます。
この便は、「一身上の都合」号です。
貨物を積み上げ次第、出港いたします。

仕事勤めをしていると、
職場の同僚が辞める場面を目にすることも、
希ではありません。
若者に限っても、新規大卒就職者の約3割が、
就職後3年以内に離職する世情です。
(注)『新規学卒就職者の離職状況』
(令和2年10月30日厚生労働省公表)
ところで、従業員が提出する退職願(又は退職届)に、
「一身上の都合により」の文言を記入すると、
雇用契約上、
「自己都合(労働者本人が申出をした場合)による退職」
を意味することになります。
「一身上の都合により」の文言は、
退職願などの定番フレーズとして、
テンプレートに既に書き込まれているので、
自己都合による退職の際には必ず記入するもの
だと思い込んでいる方もいらっしゃるでしょう。
むしろ、
「自己都合退職である旨を明らかにするために、
双方が了解の下、
「一身上の都合により」の文言を差し入れている。」
と考えたほうが実務に近いかも知れません。
職場の同僚が辞める際、懇意にしていなければ、
その退職理由を知る由(よし)もありませんし、
それまで面識のあった同僚が、
一身上の都合でサッと辞めてしまうと、
「職場で何かあったのかな」と、
ふと思ってしまいます。
そこで今夜は、フェリーの展望デッキで、
この「一身上の都合」について、
思いをめぐらしてみましょう。
それでは、出港いたします。

Table of Contents
1 「一身上の都合」の主旨
その文字面に目を向けると、
「一身上(いっしんじょう)」の
「身上」は、「身(み)の上(うえ)」で、
先頭に付いている「一」が「一方の」、
より具体的には、「(勤め先と関わりがなく、)自らの」
を意味するので、「一身上の都合」とは、
「(勤め先の事情ではなく、)
自らの身の上に係る本人やその家庭の事情」
となります。
「~により」は、「~を理由として」の意味なので、
「一身上の都合により」を言い換えると、
「本人やその家庭の事情を理由として」
となります。
例えば、
「もともと希望していた仕事への転職や起業」(本人の事情)、
「配偶者の転勤に伴う遠方への引っ越し」(家庭の事情)、
「要介護状態となった親の世話」(同上)
など、勤め先には関わらない事情となります。
一見、シンプルですが、この先が、
一筋縄ではない所。実は、
「 職場の人間関係が気まずく、
何かにつけ仕事が停滞してしまう。」
「 仕事の内容が日々単調で、やる気にならない。」
「 年がら年中、上司がセクハラまがいのことをする。」
「 直属の上司がトンチンカンな業務指示をするので、
残業しても業務が終わらない。
相談しようとしても、既に帰宅している。」
など、「勤め先の労務管理に関わる事柄」
であっても、従業員が、「一身上の都合により」
として退職願を提出すれば、
自己都合による退職の扱いとなります。
2 勤め先も退職理由を知りたい
勤め先としては、
「一身上の都合により」(本人やその家庭の事情)
と記入されていても、退職理由の本音が
「勤め先の労務管理に関わる事柄」である場合には、
気をつけなくてはなりません。
なぜなら、退職手続上、自己都合の退職として、
サラッと見逃してしまうと、
職場環境の改善や適材適所の配置、
人材の育成などの好機を失うことに
なりかねないからです。
若手従業員が、「一身上の都合」により、
次々と辞めていく様子を思い浮かべてみてください。
人事・労務担当者からすれば、「何事か。」
というより、職場の恐怖映像です。
そこで勤め先は、辞めようとする従業員に、
その退職理由の本音を
訊(き)き出そうとすることがありますし、
逸材なので慰留したい、というケースもあるでしょう。
ところが法律上、従業員には、
退職理由を詳細に伝える義務がありません。
仮に、上手く返答を引き出したとしても、
「勤め先の労務管理に関わる事柄」ではなく、
「本人やその家庭の事情」しか話そうとは
しないでしょう。
(注)「転職理由(退職理由)のホンネとタテマエ」
(人事のミカタ) 参照
3 未来志向とリスク管理
普通に考えても、転職先の目星をつけていて、
元の勤め先を円満退社したい従業員であれば、
「元の勤め先の労務管理に関わる事柄」
を進んで話そうとはしません。
(1)退職者の目線
転職者の目線が、
次の就職先という未来に向いていれば、
個人的な恨みつらみでもない限り、
過去の出来事にこだわるのは時間と労力の無駄です。
むしろ、職場のドロドロした人間関係に
見切りをつける際、
「立つ鳥跡を濁さず」にしたいからこそ、
「一身上の都合」という円満退社のお守りがある、
と発想を逆さまにしたほうが、
合点しやすいかも知れません。
(2)勤め先の目線
他方、勤め先としては、
「会社都合による退職」となれば、否が応でも、
労働関連諸法令の規制を受けるため、
「自己都合による退職」の形で落ち着くのであれば、
後々の労使関係トラブルや訴訟のリスクを
避けることができる、という一面もあります。
特に問題社員が離職するケースであれば、
なおさらでしょう。
その意味で、「一身上の都合」は、
「未来志向の従業員」と「リスク回避の勤め先」
との緩衝区域とも言えます。
4 人の評価も十人十色
ところで、なぜ、「職場の人間関係」と
「自己都合による退職」が結びつくのでしょうか。
仮に、ひとたび職場の人間関係がこじれ出すと、
ベテランの管理職でさえ、
それを押し止めるのが精一杯で、
元どおりに修復するなど、無理筋な話です。
むしろ、手練手管の管理職であれば、
職場の業務全体の流れが滞らないよう、
人間関係を含めて抜かりなく目配せし、
一見、さりげなく業務の指示をしているようで、
人知れず人間関係が順調となるよう
先手を打っていることでしょう。
上司や同僚といった職場の人間関係は、
つまるところ、
人の好き嫌いや人の評価の次元に行きつきますが、
その基準ですら十人十色です。
試しに、上司や同僚をめぐる人の評価について、
上の段は「行動や知性」にウェイトを置いた着眼、
下段に向かうに従って、
「心情や徳性」にウェイトを置いた着眼
にスライドさせてみました。
- その人の働き方、執務上の言動や態度
- その人自身の素行や性格
- その人からにじみ出る人柄や品性
- その人の核心である人望や徳性
おそらく、最初の段を除いて、
「企業の人事・労務管理」としては、
手の付けようがありません。
5 「ブラック」なのは企業か
仮に、職場のこじれた人間関係の当事者が、
「 あの上司は、仕事はできると専(もっぱ)らの評判だが、
身勝手で思いやりがなく、ついていけない。」
「 あの人は、幹部や仲の良い人への外面だけは良いけれど、
人として信用できない。」
として、相手への人の評価が固まってしまったら、
手の打ちようがありません。
しかも、これらの内容には、
まだ感情や情緒の要素が含まれていません。
このレベルでこじれると、
人事・労務管理上の対処としては、
配置換えや定期異動ぐらいで、ついには、
辞めるしか手立てがなくなってしまいます。
ひとたび職場の人間関係がこじれてしまうと、
自己都合による退職という選択肢は、
意外と身近なものになります。
「ブラック企業」(過酷な労働環境の企業)
という流行語がありますが、
職場の人間関係が原因で辞める従業員の目線
からは、むしろ、「ブラックな職場」
(上司・同僚など)に映るやも知れません。
6 こじれた人間関係への見切り
こうしてみると、「一身上の都合」は、
職場のドロドロした人間関係に見切りをつける
社会生活上の知恵にも映ります。
もし仮に、「一身上の都合により」の文言が
存在しなければ、従業員と企業との間で、
円満退社の形で幕引きをする際に、
退職願(又は退職届)の文面を、
一言一言すり合わせなければなりません。
そういう面倒な手間を省くために、
従業員があえて余計なことを言わず、
「一身上の都合により」の文言を書き記すという、
雇用慣行を築き上げた、とも考えられます。
7「あえて玉虫色」の扉
もし、職場を「一身上の都合」で去ろうとする
同僚を見かけたら、
・ 本人やその家庭の事情を理由とする場合
・「本人やその家庭の事情を理由」としているが、
退職理由の本音は「勤め先の労務管理に関わる事柄」であって、
それでも円満退社を望む場合
を思い起こしてください。
いずれにせよ、その同僚は、やっとの思いで、
「自己都合による退職」の決断を下したはずです。
そういう方を見かけたら、戸惑うことなく、
「長い間、誠にお世話になりました。
新天地において、
益々のご活躍をされますように。」
と、心を込めて挨拶を交わしましょう。
ふと、職場を「一身上の都合」で去った
同僚に戸惑いを感じたら、
「あえて玉虫色」という扉を、
やんわり押してみましょう。
きっと、あなたらしい未来が適(かな)い
始めるに違いありません。
そろそろ、下船の時間が近づいてきました。
当航は、最終の定期便となります。
次のご乗船の機会をお待ちしています。
それではまた、
近いうちにお会いしましょう。
